哲学者への道

 「良い妻を持てば幸福になるだろうし、悪い妻を持てば哲学者になれる。」


ソクラテスの結婚に関する格言だけど、私が哲学の本を読みはじめたきっかけも結婚だったかもしれない。でも最初に言っておかなければならないのはうちの妻は決して悪い妻ではないということだ。上の言葉で間違いがあるとするなら、結婚したら多かれ少なかれ、意識的にまたは無意識に人は哲学者になると考えている。


人が哲学を始める条件として周りの環境が変化することが必要になる。何かしら変化することによって、これまで当たり前と思っていた価値観に初めて疑惑の目が向けられることになる。これは体験が伴っていなくても読書による知識だけでも起こりうるかもしれない。環境が変化してもこれまでの価値観が揺るぎない、または新しい価値観に手のひらを返したように切り替えられたら哲学をする必要がない。多くの場合は以前の価値観と新しい価値観の折り合いをつけなければならず、その思考過程が哲学というものだと思っている。


哲学の専門家は人類史を舞台にして価値観について考えるのだけど、一個人は自分の日常舞台にして考えることになる。技術が発達したり、移民が入ってきたり、またはコロナウイルスが流行することによって社会が大きく変わることをネタして考えるのが主に専門家だけど、結婚は多くの人が経験する最も身近な異文化交流であり生活環境の激変だ。


ソクラテス時代の古代ギリシャは、今の日本よりは男性優位の社会だっただろう。なので結婚しても男が価値観を変えずに済むことがあったかもしれない。それが「 良い妻を持てば幸福になるだろうし、」の部分になる。今の日本では完全ではないけどだいぶ男女平等が浸透しているので、格言はこう書き換えたほうがいい。

「結婚すれば誰でも哲学者になれる。」と。